(課金+ソシャゲ)×SNS×スマホ=超依存

(課金+ソシャゲ)×SNS×スマホ=超依存

特に、高校生や大学生に見てもらいたい課金に関する話。

ガチャの危険性

海外と比べ、日本のガチャ規制は緩い。あまり進んでいない。ガチャはギャンブルと同じように射幸心を煽る事によって/科学に基いて、ユーザーをガチャ依存症にしている事は皆さんもご存じでしょう。

ガチャによる脳破壊

パチンコほどではないが、ガチャは脳を変容させます。それも、悪い方向に。変容した脳がそう簡単にもとの状態に戻ることはないです。

ですが、SNSではガチャについて肯定的な投稿を多く目にしませんか?それはソシャゲとSNSの合わせ技によるものなのです。

ガチャ依存?ソシャゲ依存?SNS依存?

個人的に、ガチャ単体・ソシャゲ単体で病的な依存症になるケースは少ないと思っています。

しかし、ガチャ結果をSNSに投稿したときに得られる「いいね」などの反応。ソシャゲについて投稿したときの「いいね」などの反応がSNS依存を強めていきます。

また、ソシャゲアプリやSNSアプリなどからスマホに常に「通知」が届くようになります。そうしたとき、多くの人間がいとも容易く重篤なスマホ依存症になってしまうのではないでしょうか?

常にスマホが気になって仕方ない。そうした症状はもはや現代病といえるほどに蔓延していると思います。が、ガチャ・ソシャゲ・SNSなどが複合的に組み合わさった状態は常軌を逸したスマホ依存症と言えるでしょう。

(関係ないかもしれませんが、私はPCのエミュレータでソシャゲをやるようになってすぐ飽きました)

SNSが見せる偽りの多数派

ガチャ結果を投稿するだけでも依存が強まる

SNSでは、「ガチャ結果のスクショ」のようなものは「いいね」が付きやすい。これが肯定されていると感じる罠なのです。多くの人は、喜んでるんだろうなという予測のもとで「いいね」を押したにすぎず、それはガチャに対する肯定意見でもないし、ガチャを引いた人間への賞賛などでもない。あくまで軽い気持ちでの‘おめでとう’という社交辞令として「いいね」をなんとなく押しただけ。

それを理解していたとしても、人間の脳は勝手に依存を強めていきます

界隈で、いわゆる重課金者の存在感は大きくなる

ツイッターのシステム上、「いいね」をたくさん得た投稿は多くのTLに表示され易くなる(上述のような、課金結果など)。ゆえに、課金額が多い人間ほどそのゲームのクラスタにおいて発言の内容が取り沙汰されやすくなる。そのせいで重課金者の存在感は大きく、多くの人間が、思っていたとしても課金について否定的な意見を投稿しなくなる。

大人であってもそうした「SNSのシステム側に操作された風潮・見かけの常識」に流されてしまい、ぼくもわたしも、と課金の抵抗が薄れていくものです。

課金についての否定的な意見を投稿しなくなる。とは、たとえば「課金について若者に警鐘を鳴らしたい」と考えて投稿したときに、「重課金者への批判」と受け取られたら面倒だと考えて控えるだとか、そうした事です。

また、無課金者はそもそもSNSをやっていないか、やっていても特定のクラスタに所属していない事が多いです。そのため、やはり特定のゲームクラスタ、界隈では重課金者の投稿の比率が高くなります。

そうしたツイッターのシステム上、いわゆる界隈では重課金者の存在感が大きいため、どうしても忖度してしまう。そのような心理が働いていると思います。

それでなくとも、「課金のスクショ」などに「いいね」が集まったり「頑張って」「すごい」などの肯定的な反応が見て取れるのに、あえて批判的な姿勢を見せようと思う人は少ないでしょう。

また、SNSというものは興味のある界隈からの情報ばかりを表示するようにできていますから、「ソシャゲ垢」のようなものを作っている方ですと、ソシャゲと関係ない界隈の常識的な見解といったものはなかなか目に入ってきません。

例えばソシャゲ界隈が人口の1%で、表示されるのは更にその5%の重課金者の投稿ばかりだったとしても、それを見る本人が意識しなければ課金こそマジョリティと思えてしまうのです。

心配ごとは、「課金のスクショ」「課金者」に表面的に肯定的な反応が集まっているのを見て、それに憧れてしまう子供が存在するという事なのですが。見えているものだけが本当だと思わないでください

課金は善か悪か

あるいは、重課金と無課金どちらが優れているか……といった議題で論争しているのを、SNS上でよく目にします。なんじゃそりゃ、と思います。個人的にはその議題自体が謎です。

私個人としては、課金は要するにお金の使い方なのですから、他の選択肢を検討した上で課金すると決めたならすればいいし、そうでないならやめるべきという、それだけです。他の趣味だったり、ごはんを食べたり、そういうお金の使い方の一つでしかありませんから。

ただ、お金の使い道として選択肢が他に思いつかないから課金する、というのであればオススメできません。大人になるまでに、色々な趣味や投資を覚えるべきかと思います。心を肥やすような趣味、お金の使い方がたくさんあります。

大人になってしまうと、休みの日に新しい趣味を始めたり、レジャーを楽しもうと考えてもなかなか出来なかったりします。課金には、そうした大人が嗜むディストピアの電子ドラッグのような側面があります。

スマホ依存を強める、という観点からすると課金しない方がいいかなぁと思います。これもやはり、特に若い方。

無課金 vs 重課金

最初に申し上げておきますと、私自身がソシャゲに手を出したのは去年の9月にアークナイツ、10月に原神、今年3月にウマ娘。で、今は全部やめていて、原神に7万、アークナイツに7万、ウマ娘に2万くらいの、まあ微課金だったかなといったところです。少なくとも、無課金目線でも重課金目線でもないといった前提で話を進めます。(まあ、仮に無課金か重課金であったとして、そうした論争に感情移入して視点を下げることはないでしょうが……)

無課金 vs 重課金。そうした形での論争をよく目にします。実際は「無課金のA vs 重課金のB」なので、ある集団同士のいがみ合いと捉えるのは誤りですが。ただ、そうした喧嘩をしている方の多くは「無課金 vs 重課金」という主語の大きい状態で論争していますよね。

私が見るに、無課金側で重課金を非難するのは多くの場合子供です。「自分は無課金で頑張っています」みたいな事を誇っていたり、重課金をやっかんでいたりします。どちらの意見に対しても、多くの人間は「何言ってるんだろう」とポカンとする感じでしょう。どこから何をツッコめばいいのか分からない状態です。批判したいとかいう気持ちは湧きません、多くの場合たくさんの非難に晒されているので純粋に心配になります。

ともかく、一つ感じるのはそのような論争に積極的に参加すること自体、SNSのフィルターバブルの影響で異常な視野狭窄に陥っているという事です。無課金、重課金といったどうでもいいレッテルが気になる、それだけに熱中してしまう、怒りを伴う論争になる。それが異常なのです。

重課金側の視点で無課金を非難する意見は、「無課金者はソシャゲの利益に貢献していない屑だろう」「コンテンツを支えているのは自分達」といったものが多いですよね。

なんだろう。例えば一人キャンプを趣味にしていたり、車を趣味にしている方がいたとして、「コンテンツを支えているのは自分達側である」「金を落とさんガキは界隈に貢献していない!」みたいなノリの人はほぼいないですよね。

なのにソシャゲだと少なくない。これもSNSの悪影響、エコーチェンバー現象などで肥大した自信に由来するのかなと感じます。

課金額の多寡はあくまで自分がどうお金を使うかの選択であって、他人がどうお金を使ったかを気にしたり、自己評価に投影したりするのは何かヘンですよね。とはいえ、他の趣味でも「自分の楽器の方が高価だ」「自分の自転車は上等だ」などと、他人と比べる愉悦というのは確かにあります。

ソシャゲ課金という趣味は、SNSと結び付くことによって他人との比較から得られる快感をより激しくもたらす。という事が言えると思います。依存症という観点からするとかなり危険ではないでしょうか。

結論

そうした議論自体が複合的な依存症によって引き起こされたもの。依存症は危険。

若い方は読書やレジャーなど、他人との比較という側面の薄い、自己研鑽や体験といった方向性で自分を肥やしていく趣味を探っていくのをオススメします。

余談ですが、少し前に読んだ「スマホ脳」という本では「SNSにおける他人との比較、それによる羨望・嫉妬」が脳によくないとありました。まさにそれですね。

コロナ禍

若者のSNS依存、ソシャゲ依存、スマホ依存というものは、コロナの影響が大きいですよね。友達と外で遊べない、そもそも自宅学習ばかりで友達ができない……

それら依存の根源を全て無くす、なんて事は現実的に不可能でしょうが、依存症のメカニズムを一つ一つ知ることで視野狭窄を防ぎ、より建設的な付き合い方を見つけられるのではないでしょうか。

課金している有名人・していない有名人

多くは、仕事でやっています。ユーチューバーもそうした人が少なくありません。仕事でやっているのですから、当然課金をアピールしますし、露出も多いです。

ですが、無課金でソシャゲを遊ぶ有名人もたくさんいます。通りがいいのは「ひろゆき」さんなどでしょうか。

こんなことは私が言うまでもなく皆さんが知っている事だと思うのですが、お金持ちだからたくさん課金をする訳ではありません。それどころか、投資だったり、趣味だったり、色んなお金の使い方、時間の過ごし方を知っている人であればソシャゲに課金する割合はどんどん下がっていくものです。

もちろん、ソシャゲに重課金する有名人やお金持ちもたくさんいます。ですが、それは多数派ではないのですね。

最後に

昔はゲーム依存症といえば概ね、一部のMMOゲームだけの話でしたが、今はスマホの台頭によって多くの人が過去のそれと同等以上の依存症になっていると感じます。ゲームだけではなく、スマホやSNS等が複合的に絡まりあった悪性の依存症ですね。

いまやMMOやってる人の方が、ログアウトしたらあまり絡まなかったりして健全な方が多いのでは……

スマホより一層濃密にwebと繋がれるデバイスが現れたら、依存はどう変わっていくのでしょうね。

そのレベルまでいくと、健康的で建設的なものに習慣付けていく、積極依存みたいな形になっているかもしれませんが……

読んでいただき、ありがとうございます。

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